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INTRODUCTION

陽の当たらない場所に咲く「山吹」から着想
資本主義と家父長制社会に潜む悲劇と、その果てにある希望

かつて韓国の乗馬競技のホープだったチャンスは、父親の会社の倒産で多額の負債を背負った。岡山県真庭市に流れ着き、今はヴェトナム人労働者たちとともに採石場で働いている。一方で、刑事の父と二人暮らしの女子高生・山吹は、交差点でひとりサイレントスタンディングを始める。二人とその周囲の人々の運命は、本人たちの知らぬ間に静かに交錯し始める−−。陽の当たりづらい場所にしか咲かぬ野生の花「山吹」をモチーフに、資本主義と家父長制社会の歪みに潜む悲劇と希望を描きだす群像劇だ。政治的な主題を声高ではなく繊細に描く作風が評価され、今年5月に行われたカンヌ国際映画祭のACID部門に日本映画として初めて選出される快挙を果たしたほか、多数の海外映画祭に招待されている。

山間で農業と映画製作を続ける山﨑樹一郎監督の長編第三作は
地方に生きる人々の慎ましい抵抗を国際的な視座で描く

本作は、岡山県真庭市の山間で農業に携わりながら、地方に生きる人々に光をあてて映画製作を続ける山﨑樹一郎監督の長編第3作。長編デビュー作『ひかりのおと』(11)では、故郷・岡山に戻り酪農を継ぐ若者の苦悩と葛藤を描き、『新しき民』(15)では江戸時代の農民一揆を題材とし時代劇に挑戦した。『やまぶき』は、再び地元でロケをし初めて16ミリフィルムで撮影に挑んだ野心作だ。

チャンス役を演じるのは、イギリスで演劇を学び、今回初めての日本映画出演となる韓国人俳優のカン・ユンス。山吹役は、『サマーフィルムにのって』(21)や『セイコグラム~転生したら戦時中の女学生だった件~』(NHK/22)など話題作への出演が相次ぐ演技派俳優・祷キララ。その傍に、川瀬陽太、和田光沙、三浦誠己、松浦祐也、青木崇高らの実力派俳優たちが集結し、田舎町に暮らす人々のほとばしる生を体現している。

本作は、フランスのSurvivance(シュルヴィヴァンス)との国際共同製作によって完成された。『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』(16)でアヌシー国際アニメーション映画祭で2冠を得たセバスチャン・ローデンバックがアニメーションパートを、オリヴィエ・ドゥパリが音楽を担当。また、フランソワ・トリュフォーやモーリス・ピアラ、フィリップ・ガレルなど巨匠監督の作品を手がけた、フランス映画の伝説的な編集マンであるヤン・ドゥデが編集協力をしている。

STORY

かつて韓国の乗馬競技のホープだったチャンスは、父親の会社の倒産で多額の負債を背負った。岡山県真庭市に流れ着き、今はヴェトナム人労働者たちとともに採石場で働き、日本人の恋人とその娘と慎ましく暮らしている。真面目で誠実な勤務態度が認められ、正社員への道が開けたと思われた矢先、不幸な事故に見舞われてしまう。一方で、刑事の父と二人暮らしの女子高生・山吹は、交差点でひとりサイレントスタンディングを始める。この小さな田舎町でも、声が小さくても、いつか誰かの人生と繋がるかもしれない。その思いは山吹の亡き母から受け継がれたものだった。二人とその周囲の人々の運命は、本人たちの知らぬ間に静かに交錯し始める。

CAST

カン・ユンス(ユン・チャンス役)

1978年生まれ、韓国ソウル出身。西江大学校で哲学を学ぶ。その後、大手航空会社を辞め、ロンドンの大学院で演劇を学ぶために留学。そこで出会った6カ国9人のアーティストと「Caketree Theatrer」を結成し、芸術監督を務める。演出・出演した作品『IF ONLY』(12年/英韓製作)でイギリスと韓国にて上演ツアーする。同作において韓国芸術経営支援センターとBritish Councilが共同主催するリサーチプログラムに選出され芸術家支援政策や劇団運営を学ぶ。その後活動の場を日本に移し、『若返りの泉』(13年/東京) 、『オバケノガッコウニキテクダサイ』(14年)を上演。映画は本作『やまぶき』が初主演となる。

祷キララ(早川山吹役)

2000年生まれ、大阪府出身。『堀川中立売』(09年/柴田剛監督)でデビュー。その後『Dressing Up』(13年/安川有果監督)で初主演を果たす。主な出演作品に『脱脱脱脱17』(16年/松本花奈監督)、『左様なら』(18年/石橋夕帆監督)、『アイネクライネナハトムジーク』(19年/今泉力哉監督)、『ファンファーレが鳴り響く』(20年/森田和樹監督)、『サマーフィルムにのって』(21年/松本壮史監督)などがある。映画だけではなくドラマや舞台CMなどでも活躍中で、2022年9月23日から10月2日まで玉田企画最新公演『영(ヨン)』に出演が決定している。

川瀬陽太(山吹の父親役)

1969年生まれ、神奈川県出身。
1995年、助監督で参加をしていた福居ショウジン監督の自主映画『RUBBER‘SLOVER』で主演デビュー。その後、瀬々敬久監督作品をはじめとする無数のピンク映画で活躍。以来現在に至るまで自主映画から大作までボーダーレスに活動している。山﨑監督とは『新しき民』以来のタッグ。2022年8月26日に最新主演作『激怒』が公開された。

和田光沙(美南役)

1983年生まれ、東京都出身。『靴が浜温泉コンパニオン控室』(08/緒方明監督)でデビュー。映画を中心に、定期的に舞台にも出演。代表作に『菊とギロチン』(18/瀬々敬久監督)、『止められるか、俺たちを』(18/白石和彌監督)、『ハード・コア』(18/山下敦弘監督)、『岬の兄妹』(18/片山慎三監督)、『由宇子の天秤』(20/春本雄二郎監督)、『誰かの花』(22/奥田裕介監督)、『冬薔薇』(22/阪本順治監督)などがある。

三浦誠己(柴田役)

1975年生まれ、和歌山県出身。主な出演作品に、映画『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)、『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也監督)、『アウトサイダー』(マーチン・サントフリート)監督、『太陽の子』(黒崎博監督)などがある他、映画『母性』(廣木隆一監督)、『ラーゲリより愛を込めて』(瀬々敬久監督)、第72回ベルリン映画祭 エンカウンター部門に正式出品された『ケイコ 目を澄ませて』(三宅唱監督)、『母性』(廣木隆一監督)などが公開を控える。

青木崇高(康介役)

1980年生まれ、大阪府出身。映画やドラマを中心に活躍。主な出演作に、NHK連続テレビ小説『ちりとてちん』、NHK大河ドラマ『龍馬伝』、『平清盛』、『西郷どん』。映画『るろうに剣心』シリーズ、2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(木曽義仲役)、韓国映画「犯罪都市3」など。

桜まゆみ(山吹の母親役)

1983年生まれ、愛媛県出身。吉田恵輔監督の『犬猿』(18)に出演をしたことをきっかけに、『愛しのアイリーン』(18)主人公岩男のお見合い相手、真嶋琴美役に大抜擢。同年、ドラマ『宮本から君へ』富永役で出演する。近年の主な出演作品は、映画『空白』(21/吉田恵輔監督)、『ずっと独身でいるつもり?』(21/ふくだももこ監督)、『PLAN75』(22/早川千絵監督)、TV『シェフは名探偵』『真夜中にハロー』『メンタル強め美女白川さん』など。2022年10月29日~@下北沢駅前劇場にて小松台東新作公演『左手と右手』(作・演出/松本哲也)が控える。

松浦祐也(美南の夫役)

1981年生まれ、埼玉県出身。代表作に『マイ・バック・ページ』(11/山下敦弘監督)、『ローリング』(15/冨永昌敬監督)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18/冨永昌敬監督)、『船長さんのかわいい奥さん』(18/張元香織監督)、『泣き虫しょったんの奇跡』(18/豊田利晃監督)、『岬の兄妹』(18/片山慎三監督)、『泣く子はいねぇが』(20/佐藤快磨監督)、『由宇子の天秤』(20/春本雄二郎監督)、『ONODA一万夜を越えて』(21/アルチュール・アラリ監督)、『コンビニエンス・ストーリー』(22/三木聡監督)、『”それ”がいる森』(22/中田秀夫監督)などがある。

黒住尚生(山吹の彼氏/祐介役)

1993年生まれ、大阪府出身。2019年に主演作『されど青春の端くれ』(森田和樹監督)がゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター・コンペティション部門グランプリを受賞し注目される。近年の主な出演作に映画『東京バタフライ』(20)『片袖の魚』(21)、大河ドラマ『青天を衝け』など近作では、2022年『愛ちゃん物語♡』(大野キャンディス真奈監督)、『遠くへ、もっと遠くへ』(いまおかしんじ監督)、無声映画・活弁SFファンタジー『I AM JAM ピザの惑星危機一髪!』(辻凪子監督)などの公開作品がある

DIRECTOR & STAFF

監督

山﨑樹一郎

1978年12月11日生まれ、大阪市出身。京都文教大学で文化人類学を学ぶ傍ら、京都国際学生映画祭の企画運営や自主映画製作を始める。2006年に岡山県真庭市の山間に移住し、農業に携わりながら映画製作を始める。初長編作品『ひかりのおと』(2011)は岡山県内51カ所で巡回上映を行う一方、東京国際映画祭やロッテルダム国際映画祭ブライト・フューチャー部門にも招待される。また、ドイツのニッポンコネクション映画祭にてニッポン・ヴィジョンズ・アワードを受賞。第2作『新しき民』(2014)はニューヨーク・ジャパンカッツ映画祭にてクロージング上映され、ニューヨーク・タイムス紙でも高く評価された。さらに、高崎映画祭新進監督グランプリを受賞。映画制作と並行して、フランスのメソッドをモデルにした映画鑑賞教育を真庭市内の学校などで実践している。

音楽

オリヴィエ・ドゥパリ

1961年生まれ。クラシック音楽家の両親のもとに育つ。一時期俳優として活動した後に音楽活動に専念し始め、手がけるジャンルはロックやポップ、実験音楽など多岐に渡る。映画や映像作品、演劇の劇伴も数多く手がけており、近年の活動の中心となっている。最新作はギヨーム・ボニエ監督の映画『Tout le monde m'appelle Mike』(22年)。現在、ナタリー・ルノワール監督の新作の劇伴を準備中。

編集協力

ヤン・ドゥデ

1946年生まれ。フランソワ・トリュフォー監督『恋のエチュード』(71年)で編集技師としてデビューし、その他4本のトリュフォー作品で編集技師を務める。以降、ジャン=フランソワ・ステヴナンやモーリス・ピアラ、フィリップ・ガレルなど、フランス映画史を辿るように様々な監督と、100本以上の作品を編集している。最新作として、フィリップ・ガレルの新作が公開待機中である。

アニメーション

セバスチャン・ローデンバック

1973年生まれ。フランス国立高等装飾美術学校でアニメーションを学ぶ。在学中に制作した最初の短編『JOURNAL』(98年)以降、8作品全てが、数々の映画祭などで高く評価される。ひとりで全ての原画を描いた初長編『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』(16年)は、カンヌ国際映画祭ACID部門のオープニングを飾り、アヌシー国際アニメーション映画祭で2冠を得た。現在、長編第二作を製作中。

COMMENTS

世にも不幸な星の下に生まれた男、韓国人のユン・チャンス。ユン・チャンスのすべてにケチのついた地獄廻りのような人生も、彼の人生で一番初めに手放した夢である“馬”に辿り着くまでの些細な出来事だったかもしれない。 
    井口奈己(映画監督) 
犬童一心監督が、この「やまぶき」という映画をご覧になって、是非わたしにと薦めて下さったのだそうだ。
タイトルバックの暗転が明けた瞬間だけで、犬童さんが「是非に」と仰った意味が、一瞬でわかったような気がしました。

この、奥の方からこころが震える感覚って、いったいなんなのでしょう。
画面の中の密度みたいなものに圧倒されていました。その真摯な想いはエンドロールに至るまで、しんしんと伝わってくるようでした。
言葉にならないとはまさにこのことで。強く思うのに、語ろうと思う言葉は、どれも陳腐に思えてしまってくだらない。
そんなもんだから、考えるほどに自分が剥き出しにされてしまったような良い気持ちになってきて、ただただ「映画って本当にいいもんですね」って言葉を大声で言いたくなりました。

とにかく、ほんとうに素晴らしかった。
    市川実和子(モデル・俳優) 
トマトの収穫期で忙しく、試写に立ち会えないとアナウンスがあった。嬉しくなった。
監督がいない理由史上ベストワン。
『やまぶき』は、「勇気」を持って世界に向かって手を差し出す。握り返すと受粉して、世界中の街角に『やまぶき』は咲いていくんだな、と、17歳みたいな気持ちになれた。
スクリーンに「いつか」「きっと」二つの言葉が、雲のように浮かんでは、消える。
人生の不安定な斜面、揺れてしまうことを楽しむユーモア、それが生きのびるコツだと言っていた。同意します。山﨑監督の次回作でもっと笑いたいな。   
    犬童一心(映画監督)
岡山の地方都市。

そこに生きる人々、彼らが抱くささやかな夢。それが交差し、厳しい現実に直面すると同時に、新たな関係が生まれ、明日に踏み出す。
山際に、あえかな花を咲かす山吹のように、名もない人、ひとりひとりの命が輝く瞬間を、山﨑樹一郎は、見事に浮かび上がらせた。
    上野昻志(映画評論家)
あの少女、やまぶきという名前だなんて、素敵ですね。刑事やってる親父がつけたんですかね。だけどこの映画で説明されるやまぶきという花は、日陰に咲きがちだの、賄賂だの。なんでだよ。やまぶきは、素敵です。

チャンスという名前も素敵です。不幸に見舞われっぱなしのチャンスさんに、少し、笑ってしまいます。
見過ごされがちな人や物を交差させながら、16ミリフィルムの上にぐいっと乗せて差し出された政治的な映画ですが、チンピラ、ドンパチも出てくるし、ボーイミーツガールなんかも出てくる。それらが「ぎゅっ」と正しくおさめられたショットの連続。すると素敵な映画になりましたとさ!という魔法を感じました。山吹色に似て鮮やか。
    大九明子(映画監督)
坂道を転がる小石が次第に大きな落石ともなるように、ひとびとの間を行き交う小さな思惑や行き違い、恋、裏切りが少しずつ違った誰かを突き動かし、違った何かを生み出していく群像劇。山﨑樹一郎は、カメラとカメラの小さな動きだけで、その全てのあらましをおだやかにまるごと描き出すことができる希有な才能を持つ作家である。人々が行き交う交差点には、小さな花がひっそりと咲いている。その花の名は、やまぶきと呼ばれる。
    大寺眞輔(映画批評家)
『やまぶき』は人間の尊厳について、声にならない声で抗い、生き続けることについて、教えてくれる。「なんか叫びたいことないの?」という問いは静かに投げられるが、波紋は大きく広がっていく。山﨑樹一郎さんは映画という営みを信じている。闇の中で映画という営みを観る人間を信じている。 
    小田香(映画作家)
山﨑樹一郎の映画的感受性は、仰角と俯瞰、物理的な高低差を権力関係に直接に結びつけるような鈍いものではない。 (劇場用パンフレット寄稿文より抜粋)
    木下千花(映画研究者)
人が他者に対して善い行いをするのは、自分自身への罪滅ぼしなのかもしれない。

それぞれ異なる場所で起きた、始まりはほんの小さな出来事たちが、出会い、大きな塊となって「困難」として登場人物たちに迫ってくる。本来出会うはずのなかった二人の人間が、道端で出会ってしまう。「ふたり」も「困難」となってしまった出来事たちも、出会いは偶然ではなく必然だったのだろう。なぜならこれは「フィクション」であり作られた物語なのだから。それなのになぜこんなにも胸に迫ってくるのか。まだ会ったことのない監督・山﨑樹一郎さんの誠実さ切実さと真摯さに、襟を正される思いがした。
    草野なつか(映画作家)
『やまぶき』は、わたしたちが路傍の石もしくは花に過ぎないということ、そして予測できない自然の中に因果応報を生きざるを得ないということを山﨑樹一郎の優しさでみつめている。
    空族 [富田克也、相澤虎之助](映画監督・脚本家)
これは何とも不思議だった。どこかの地方都市の些細な出来事を見ているうちに、突然視界が遠くまで開ける。人々が行動を開始する。時間さえ自由に漂い始める。作者が不思議なのか、映画というものがそもそも不思議なのか。たぶん両方だ。
    黒沢清(映画監督)
どれだけ悲惨でも、奇跡でも、別に劇的じゃない。こんな目に遭ったのに、誰も見ていなくて、惨めさに泣けたり笑えたりする。この映画は、人々に覆いかぶさる理不尽さや矛盾に、地方に見る日本という国を透かしながらも、それさえも素朴なままに描こうとしていると思えるのです。(劇場用パンフレット寄稿文より抜粋) 
    小森はるか(映像作家)
ローカルエリアの過疎化、外国人労働、保証保健制度、厳しい題材を何処か穏やかな眼差しで包み込んで我々の日常に繋げてくれるサイレントスタンディングの様な作品
    斎藤工(俳優・映画監督)
映画を観ながら、だからニッポンはダメなんだ、ついでに、オレもダメなんだと、想い続けた。それゆえ、ラストショットにどれだけ救われたことか。
複合的でありながら、監督の意図はひとつ。日陰にあるものに、あえて光をそそぐのが、映画。どんなジャンルの映画であろうと、ひとびとの自尊心をえがくのが、映画。さまざまな科白が、心に刺さったが、カン・ユンス氏始め俳優陣のなにも語らないショットが、最も印象に残った。そして、物事の善悪を単純化させないところに、監督の覚悟を感じ、感銘を受けた。これは、アジアとニッポンの映画だ。
    阪本順治(映画監督)
映画で描かれる諸問題は、ビリヤードの玉のようにキューに弾かれてチリヂリバラバラなって広がっていく。
どの玉1つとして穴に落ちようとはせず、見事に卓上に広がる色とりどりの玉は夜空の満天の星のように美しい。
16ミリフィルムで撮られたこのヘンテコな映画はやまぶきの視点で、諸問題が少しずつ動いていく様をそっとみている。 
    佐藤零郎(映画監督)
『やまぶき』は、どこかにありそうな現実を信じさせようとする単なるフィクションではない。映画を作るという行為によって、この地上と、そこから遠く隔たった外側の世界との埋められない距離を測定し、歩み出す道を見出そうとする勇敢な思考の現実なのだ。  
    諏訪敦彦(映画監督)
映画後半に至らんとするあるシーン、「変わりたい」「変えたい」というようなやり取りを見ていたら思わず顔がクシャクシャになってしまっていた。その後の展開は、感動とか胸に迫ったとかでは片づけられない。こんな体験は初めてだった。岡山県の真庭から日本へ、世界へ、またも放り投げられた石ツブテ。山﨑樹一郎の映画を見続けて来て本当に良かった。 
    瀬々敬久(映画監督)
何気ない日常を淡々と描く映画なのかと思いきや、奇想天外な展開に驚いた。でもギリギリのところで滅茶苦茶にはならない。決壊せずに踏みとどまるのは、作り手が土に根を張った生活をしているからであろう。不思議な手触りの映画である。 
    想田和弘(映画作家)
「大きい」ものが、ぼくたちを滅ぼしにやって来る。だから、「やまぶき」は、滅ぼされようとするあらゆる「小さな」もののために、彼女の回りにある「小さな」ものたちのために、「顔」をこちらに向けるのである。そのときには、もうプラカードも不要だ。なぜなら、「顔」は、「汝、人を殺すなかれ」と書かれたことばだからである。(劇場用パンフレット寄稿文より抜粋) 
    高橋源一郎(小説家)
いつしか流浪者になってしまった者。自分の行く先がまだ何も見えていない者。意図せずこの場所に縛り付けられた者。
固有の物語を背負った人々がてんでばらばらに奔走し、ロードムービー、家族映画、チンピラ映画、青春映画、いくつもの小さな映画をそれぞれに展開する。
そしてこの無数の映画群は、一瞬交わり、またもばらばらに解けていく。
こんなユニークな映画は初めてだ。
    月永理絵(ライター、編集者)
人はこんなにもポロポロと乾き、崩れ落ち、それでもなお、静かに歩みだす。
16mm撮影(とスパイスのようなアニメーション)が映し出す、人間のあり方についてのザラザラとした寓話。 
    土居伸彰(ひろしまアニメーションシーズンプロデューサー)
長年写真フィルムの開発者であった父は、「フィルムは粒子の世界で、デジタルは線の世界」と言っては、今は稀になってしまったフィルムの映像を見るたびに荒い粒子の柔らかさに目を細める。

  『やまぶき』も、岩山が砕かれるオープニングシーンから、16mmフィルムの粒子の世界に観るものを魅了する。描かれるのは、さまざまな距離感を保ちながら隣り合わせに生きる人々の群像劇。粒子のように彷徨いながら化学反応を起こし、運命が連鎖し、交差していく。分断の世界で生きる私たちに、フィルムで描かれる物語は、予期せぬ流れに抗えず、立ち止まりながらも動かされ、すれ違いながらも揺すぶられる私たち一人一人の繋がりの動きを見せてくれる。砕けた山は土になり、そこに芽吹くのは、分断を生む線引きの世界ではなく、それぞれの視点から未来を見つめるように優しく促してくれる『やまぶき』そのものであると感じた。 
    戸田ひかる(映画監督)
種をまくと、芽吹きの遅いもの、強いのに負けてしまう芽が必ず出てくる。真っ直ぐ伸びられない芽もある。「そういう芽にこそ、もっと光を」そんな思いを受け取ったような気持ちになった。
    白央篤司(フードライター)
タイトルを役名とする祷キララの立ち姿、その花のような可憐かつ無骨な存在感がひときわ胸に迫った。どうにも解きほぐせない現実を前にして、できることは極めて少ない。行動や言葉の実効性には大きな疑問符がつく。その極めてわずかな、現実を変えるには明らかに不足な何かを、人はそれでも尚すべきだろうか。答えはない。が、『やまぶき』は問いそのものを生きる。しんどい映画だ。それを見た者は当然、解決しがたい問いを植え付けられる。でも、その問いだけが安易な答えから人を守るだろう。今だからこそ、この映画が存在することの意義は限りなく大きい。問いを抱え続ける山﨑樹一郎の歩みは力強く、本人にそんな気はなくても同じ時代に生きる者を勇気づけている。 
    濱口竜介(映画監督)
映画は声なき声を可視化する。表現の果たせる大いなる役割を当たり前のような静けさでやってのけてくれた作品でした。
祷キララさんの透徹な視線がとても好きでした。
そういえば山吹の花言葉は「気品」だった。この作品にとても相応しい言葉だと思う。監督は否定するかもだけど。
    深田晃司(映画監督)
映画の隅々に、無駄を削ぎ落とした画面の経済性とはっと胸を打つ光の美しさが同居している。僕たちに、この光を決して見逃してはならないと語りかける画面の緊張こそが、引きつけて離さない映画の力となる。
    舩橋淳(映画作家)
一人一人の命のカケラたち。
両手でかき集めても、指の間からこぼれ落ちてしまう。
決して甘くない人生なのだけど、
なんでだろう、
彼らの涙は優しくってとても温かい。 
    美波(女優、アーティスト)
山﨑さんの映画はデビュー作『ひかりのおと』からずっと観続けているが、彼ほど映画に純愛を捧げている人を僕は知らない。陽の当たらない場所で作り続けた魂は『やまぶき』でたしかに芽吹いた。彼の一番の仕事だ。同じ時代を走ってきた朋輩として嬉しく、その純粋さに背筋が伸びる思いだ。 
    向井康介(脚本家)
岡山の採石場と街頭から発せられる、グローバルな物語。個人レベルから国際政治レベルまで、実に多彩な主題をまとめあげる山﨑監督の語りの上手さが際立っている。山吹という花の可憐な姿は、現代のさまよえる魂たちの平穏を希求するかのようだ。日本のインディペンデント映画の土壌の豊かさを証明する作品であり、本年必見の1本。 
    矢田部吉彦(前東京国際映画祭ディレクター)
16ミリフィルムの粗く冷たい粒子が描く心のざらつきを、拭い去るかのごとく、誠実なストーリーテリングと祷キララの真直すぎる目線が眩しい。生活の中で感じる矛盾や問題意識が少しでもクリアになる可能性を見せてくれる。 
    山村浩二(アニメーション作家・絵本作家)
美しく、儚く、言葉に頼らずに、多くを伝えてくれる。類を見ない方法で隣人たちと生きる方法を探求する作品。政治的主題を、声高にではなく、非常に繊細に捉えている。私にとって『やまぶき』は恩寵だ。
    カンヌ国際映画祭ACID部門選考委員
主人公たちの心の揺らぎが16ミリフィルムのざらついた映像に見事に表現されている。編集も秀逸で、とりわけシーンの移行が素晴らしい。落ち着いたカメラの動きが私たちを物語へ自然と誘う。だが、それらの技術的な要素以上に『やまぶき』が真に優れているのは、人生のあらゆる困難にポジティヴに向き合う道を示していることだ。
    スプリト国際映画祭・グランプリ授賞理由
日の当たらぬ場所に咲く山吹のように不可視な人々の物語を、優しさとともに、明らかに政治的な視点から描く作品だ。幸せを得るには岩場に芽吹くしか手段がない、日陰に生きる人々の物語だ。
    ルッカ国際映画祭・グランプリ授賞理由

REVIEW

『やまぶき』の鈍いがゆえに鋭い特異さは、田舎町の偽りの静けさのなかに、破裂するように現れる。韓国人労働者チャンスを中心に始まる物語は、少しずつ多様な登場人物を迎えて肉体化し、いくつかの筋に分岐する。歪んだ家族関係が世界からその明白さを奪い去り、ちがった関係性を呼び起こすのだ。チャンスは、美南とその娘と小さな家庭を築きあげ、山吹はサイレントスタンディングに参加する。ヒロインの名前「山吹」は、黄色い花の名前であり、かつては賄賂の隠語でもあった。この意味論的な曖昧さに倣うように、山﨑樹一郎は、不安定で、自由な動きを奪われた世界をつくりだす。金銭とのさまざまな関わりの中で、人間の弱さが顔を出すのだ。カメラのわずかな動きがこの不確かさを表現する。このメランコリックな作品では、すべての技巧に内的な必然性があるようだ。ざらついた16ミリフィルムの撮影によって混濁をさらに深めながら、山﨑は、確かな手つきで、予想外なフレーミングと驚くべきモンタージュでこの曖昧な世界を描いているのだ。
    カイエ・デュ・シネマ

美しく、儚く、言葉に頼らずに、多くを伝えてくれる。類を見ない方法で隣人たちと生きる方法を探求する作品。政治的主題を、声高にではなく、非常に繊細に捉えている。私にとって『やまぶき』は恩寵だ。
    カンヌ国際映画祭ACID部門選考委員

静かに抵抗の徴を見出す作品である。
    ル・モンド

抗い難いほど魅惑的な祷キララが、繊細な役柄を見事に演じ尽くしている。
    SCEEN DAILY

今年の真の発見は山﨑樹一郎監督の『やまぶき』だった。孤独で傷ついた魂たちを描く作品だ。
    Caimán Cuadernos de Cine(スペイン/映画批評誌)

豊かなはずの国の見捨てられた土地で、自らの居場所を求めてもがく人々の共同体への人間的で誠実な賛歌。
    The Film Verdict(国際映画批評サイト)

山﨑監督は、セリフが一言しかない端役も含む全ての登場人物たちを、同じように繊細に気を配りながら観察している。
    Accréds(フランス/映画批評サイト)

穏やかな見かけの裏に、移民や家族形態の問題、そして若者たちの理想で揺れる世界を隠している作品だ。
    OTROS CINES(アルゼンチン/映画批評サイト)

山﨑監督は物語の要素を誇張せず、確かに共感しながら、ヒューマニストな視点で見つめている。
    LETRAS LIBRES(メキシコ・スペイン/カルチャー誌)

『やまぶき』は大きな優しさで、人と人の繋がりを繊細かつ多彩に紡ぎあげる。複数であることこそが世界だからだ。
    On se fait un ciné(フランス/映画サイト)

FESTIVALS

※2022年10月時点

第30回カンヌ国際映画祭 ACID部門 日本映画史上初の選出
第51回ロッテルダム国際映画祭 タイガーコンペティション部門
第27回スプリト国際映画祭 グランプリ
第18回ルッカ国際映画祭 グランプリ
第19回ウラジオストク国際映画祭 審査員特別賞
第8回ブラジリア国際映画祭 最優秀男優賞(カン・ユンス)
第8回フィルマドリッド国際映画祭 クロージング作品
第19回エレバン国際映画祭 正式出品
第25回グアナフアト国際映画祭  インターナショナル・コンペティション
第29回バルディビア国際映画祭 新人コンペティション
第25回オーシュ国際映画祭 正式出品
第3回リマ・アルテルナ国際映画祭 正式出品
第19回香港アジア映画祭 正式出品
第3回インランディメンションズ国際芸術祭 正式出品

CREDITS

監督・脚本:山﨑樹一郎
出演:カン・ユンス祷キララ川瀬陽太和田光沙三浦誠己青木崇高
黒住尚生桜まゆみ謝村梨帆西山真来千田知美大倉英莉松浦祐也
グエン・クアン・フイ柳原良平齋藤徳一中島朋人中垣直久ほたる佐野和宏

プロデューサー:小山内照太郎、赤松章子、渡辺厚人、真砂豪、山﨑樹一郎
制作プロデューサー:松倉大夏 撮影:俵謙太 照明:福田裕佐 録音:寒川聖美
美術:西村立志 助監督:鹿川裕史 衣装:田口慧 ヘアメイク:菅原美和子 俗音:近藤崇生 音楽:オリヴィエ・ドゥパリ
アニメーション:セバスチャン・ローデンバック 編集協力:ヤン・ドゥデ、秋元みのり

製作:真庭フィルムユニオン、Survivance 配給:boid/VOICE OF GHOST

2022年|日本・フランス|16mm→DCP|カラー|5.1ch|1:1.597分

© 2022 FILM UNION MANIWA SURVIVANCE

THEATER